「あなたは何のために生きていますか」
こう聞かれたときに、あなたは答えられますか。
【生きることに意味はない】
鳥がどうして生きているかなんて意味はありません。
道ばたで草が生えていることも特に意味はありません。
同じように、人が生きていることにも意味はありません。
みんな平等に生き物としてそこに存在しているだけです。
ただ生きているだけなんです。
ただ心臓が動き、ただ脳が働き、ただ身体が動き、食べ、寝て、老いて、最後は死ぬ。
それだけなんです。
これは別に人に限らず、
生き物は全部そうやって産まれて死んでいってると思います。
それが自然というものだと思います。
【人生は暇つぶし】
結局のところ、人の命は寿命が来るまでの暇つぶしでしかないと思います。
だってそもそも、産まれることに意味なんてないんですから。
だとしたら、そこからどう生きるかなんて、特に意味もないんです。
大昔は、生きるためには狩を行わなければ直ぐに飢え死にする世界でした。
でも今はそんなことをする必要はありません。
人類のほとんどは、生命を維持するのにしなければいけないことはほとんどなくなったはずです。
命をつなぐ手段がたくさんできたからです。
これって、すごく暇な状態じゃないですか。
【世の中の大半の悩みは暇だからおきている】
人間関係に対する悩み、
テレビで芸能人がどうのこうの、
インターネットで誰がいくら稼いだ、
他人から来る批判、
自分が抱え込んだ悩み、
これらは全て暇だからしていることじゃないですか。
生きるのに必死だとしたら、そんなことをしている場合じゃないはずです。
世の中のほとんどの悩みは、暇だからしているものだと思います。
【意味がないから希望がないというわけじゃない】
ここまでの内容をネガティブに捉えている人もいると思います。
しかし、決してそんな暗い話じゃないんです。
意味がないから、
全てがどうでもいい、生きる希望なんてない、諦めましょう、
そんなつもりでは言ってません。
ただ「生きてるってそういうものだ」という大前提として見るのはどうでしょう、ということです。
つまり考え方の話です。
【「どうせ暇つぶし」と思うと全てが楽になる】
この考え方で一番大きなメリットは、
周りからの圧力がどうでもよくなることです。
どうせ暇な時間に起きている出来事なんですから、
本当にどうでもいいと思えます。
命に関わることでない限り、そう考えることができるようになります。
今抱えている悩みを思い返してみてください。
命に関わることでしょうか。
そうでないなら、それはどうでもいいことです。
暇な時間で起きている出来事に過ぎません。
【もっとも怖いのは退屈】
この考え方で一番の恐怖は「退屈」です。
何もすることがないのってとても辛いです。
それこそ「何のために生きてるんだろ」と、
これはネガティブな方面で考えてしまうことになります。
だから人は、退屈を感じると、
批判したり人生にプラスにならないような、
ネガティブで残念で無意味なことをしてしまいます。
【どうせ暇なら楽しいことをすればいい】
人生は暇つぶしなのですから、
せっかくなら楽しいことをしている方がいいと思います。
面倒だとか、時間がないとか、
そう思っていても、
暇な時間は流れ続けているはずです。
その流れる時間の中で、
どれだけ楽しく過ごせるかを考えるだけでも、
毎日が面白くなってくるんです。
どうせ暇なら何かやりましょう。
【いつかは寿命がくる】
黙っていてもいつかは死にます。
それは明日かもしれないし、
今日隕石が降ってくるかもしれないし、
この後デスノートに名前を書かれるかもしれない。
この暇つぶしはいつ終わるか分かりません。
そして一度終わると、次の暇つぶしは二度と来ません。
そう思うと、この暇つぶし、有意義に使わないと、
なんだか勿体ないんです。
この暇つぶしが終わるとき、「楽しかったなぁ」と思える、
そんな生き方をしたくないですか。